戦争と外邦図 地図で読むフィリピンの戦い

私の伯父(父親の兄)は早稲田大学在学中に学徒動員で出征し

昭和二十年六月にフィリピンで戦死している。

伯父の墓石には「フィリピンルソン島ファームスクールにて戦死」

と刻まれている。それがどんなところなのか。どういう状況だったのか。

父が亡くなった現在、知る由もない。

ファームスクールという地名は、世界地図はおろかネット検索でも

ヒットしない・・・

そんな中で、本書に巡り合ったのは運命かもしれない。


戦争と外邦図: 地図で読むフィリピンの戦い

戦争と外邦図: 地図で読むフィリピンの戦い


外邦図とは戦前参謀本部が作成した外地や占領地域の地図で、

ロシア、中国、東南アジア諸国、インド、欧米植民地、南太平洋諸島地域

アフリカエチオピアに至る地図の一般的総称。


本書は、父親が昭和二十年七月にフィリピンで戦死した体験を持つ著者が

父親が戦死した跡を訪ねて、戦前の南方地図(外邦図)で

ルソン島北部の戦いを再現する。


その戦跡の中にファームスクールとい地名を見つけた。

長閑な言葉の響きとは異なり、急峻な山岳ジャングル地帯にあり、

山下大将率いる尚武集団十五万二千名が持久防御戦を展開した地域だった。

戦いは米軍の日本本土上陸をいかに遅らせるかが目的だった。

米軍をジャングルの奥地へ奥地へと誘い込み、消耗戦持ち込み、

最後の一兵まで戦い抜くという玉砕の任務を負っていた。


外邦図――帝国日本のアジア地図 (中公新書)

外邦図――帝国日本のアジア地図 (中公新書)


戦いの犠牲者の八割以上は弾丸よりも

飢えと赤痢コレラマラリアなどの病に倒れる

極めて悲惨な戦いであった。

ファームスクール周辺での戦いの様子が

分かれば分かるほど非常に辛い・・・

とても一気に書けるものではない。


つづく