”つかこうへい氏を悼む「切ない内出血の喜劇」”を寄稿していた。
これを読んだら、私が長年抱いていた”つかこうへい”への疑問
を解くヒントを見出せた。
7/24 朝日新聞 文化面
つかさんは小説版「蒲田行進曲」で直木賞受賞(1982年)の後、
劇団「つかこうへい事務所」を解散し、執筆業に専念した。
私が観た1982年末の「蒲田行進曲」は、解散前最後の公演であり、
つかさんが鍛え上げたベストベンバーだった。
突然の解散により「つかこうへい」は、私の中で伝説となった。
1989年 つかさんは「今日子」(主演:岸田今日子)で演劇界に復帰した。
7年振りのつか芝居に、私は興奮を抑えきれなかった。
しかし感想は、
「あれ・・・・・?」 「あれあれあれ これつか事務所?」
「何かちがうな?」 「う〜ん・・・」
その後も再結成された「つかこうへい事務所」を何十回も見た。
俳優は、JAC出身者、富田靖子、石田ひかり、牧瀬里穂、阿部寛、石原良純
錦織一清(少年隊)、草磲剛(SMAP)、小西真奈美、内田有紀
と演劇初体験の、いわゆる芸能人役者が多かった。
ますます、 「あれあれあれ?」「 ? 」だった。
正直言って、つか芝居の魅力である「切ない内出血の喜劇」(扇田昭彦曰く)が
全く噴き出してこない。芝居がサッパリ、こじんまりした感がある。
あの衝撃的だった「つか芝居」は何処へ行ってしまったのか ?
私は幻を見ていたのか ?
それ以来”この疑問”を、私はずっと抱き続けている。
・ノスタルジアが増幅してしまったからか?
・俳優陣の力量不足なのか?
・私の観る目が肥えてきたせいか?
・つかさんの芝居自体が変わってしまったのか?
話が前後するが、
「つか芝居」の評価に自信が持てなくなっていた 1986年。
Cカンパニープロデュースの「寝取られ宗介」を観た。
演出は、元つか事務所の長谷川康夫。出演は石丸謙二郎・岡本麗・酒井敏也 他の
つかこうへい事務所版のオリジナルキャスト。
これぞ私が求めていた「つか芝居」だった。
一つの仮説が生まれた。
つかこうへい事務所解散前と解散後の違いは、
役者の力だったのか・・・・・。
「”つか芝居”は選ばれた俳優達(解散前の俳優)によってのみ熟成され、完結するものだ。」
と結論せざるを得なかった。
しかし、この仮説が、今日の朝日新聞「切ない内出血の喜劇」(扇田昭彦)
を読んだことによって変わるかもしれない。
明日につづく