「どうする家康」のヤマ場の一つ、武田との決戦
長篠・設楽原の戦いが近づいてきた。NHKもその番宣の一環か
歴史探偵もそれに関連する話題を取り上げる。
「長篠の戦い 三段撃ちの真相」。これは面白かった。
通説を覆し興味深かった点は3つ。
①三段撃ちの真相
三列横隊の交代制一斉撃ちではなく、銃弾交換の終わったものから
打つという自由射撃戦法だった?
②武田方の陣形・戦法
全兵力の10%と言われる鉄砲隊(1500丁)と弓矢隊を前面に立て
敵陣の敗れた部分に騎兵部隊を投入させる。攻勢点は4つの街道。
③弾丸・火薬の補給量の差
大阪の堺(南蛮貿易)を勢力下に持つ信長軍は、弾丸・火薬の原料(輸入)
には不自由しなかったが、甲斐・信濃が中心の武田軍は、鉛不足に困窮し
明銭を鋳つぶして弾丸にしていた、合戦当日は早々に 弾丸を打ち尽くした。
一番興味深かったのは、コンピューターを利用した戦闘シミュレーション。
全てのデータを入力し、実際の戦闘経過を平面図で再現した。
4つの街道沿いに、鉄砲隊を先頭にして縦隊形式で攻め立てる武田軍。
(従来の横隊による騎馬隊による突撃とは明らかに違う)
しかしことごとく三重の馬防柵と3千丁の鉄砲隊に跳ね返される。
唯一、徳川方正面の一か所が馬防柵を突破され、そこに騎馬隊が突入した。
武田軍予想以上に善戦してる。
だが、突破できた武田方の兵力は僅か。逆に信長軍の戦略予備隊が援軍に
向い包囲殲滅させられた。武田軍は朝の6時から2時まで8時間にわたり
攻め立てたがついに力尽き、撤退に入ったところを、織田・徳川軍の
逆襲にあい大敗を喫した。
信長が築いた三層の馬防柵と鉄砲陣地は、まるで城塞のようで
勇猛果敢な歴戦の武田軍は突破できなかった。
まるで独ソ戦の「ティタデレ(城塞)作戦」こと、クルスクの戦い(1943年)を
彷彿する。この場合、武田方がナチスドイツ軍で織田・徳川方がソ連軍。
(ウクライナ、ロシア戦争にも通じるものがある。)
さて「どうする家康」では長篠・設楽原の戦いがどう描かれるのか?
楽しみだ! 放送日は6月11日かな?